サンクトペテルブルグの郊外
■ ペテルゴフ(旧ペトロドヴァレツ、「夏宮殿」)
サンクト・ペテルブルグ市の中心からおよそ40キロ離れたフィンランド湾南岸に位置するペテルゴフは、「夏の宮殿」とも呼ばれ、ピョートル大帝の命により長年の歳月を費やして建設さられたロシアの歴代皇帝の夏の住居です。建設にはレブロン、ヴラウンシュテインら数名の建築家が、また彫刻にラストレリが携わりました。宮殿そのものも立派ですが、その下に広がるフィンランド湾に面した庭園(上庭園、下庭園の二つから成る)にはそれぞれ持徴を持った無数の噴水があり、目を楽しませてくれます。また、公園の一隅にある「モン・プレジール」と称せられる小さな建物は、ピョートル大帝が好んだ住居です。
■ プーシキン (旧ツァールスコエ・セロー、「皇帝の村」)
サンクト・ペテルブルグから約25キロの距離にあるこの町は、ピョートル大帝がその妃エカテリーナ一世に贈った地所で、その後1741年にはピョートル大帝の娘であるエリザヴェータ女帝の手に移り、1752年から1857年にかけて建築家ラストレリの手により荘厳な大宮殿が建設されました(「エカテリーナ宮殿」)。庭園内にあるパビリオン「エルミタージュ」なども同じ頃建てられました。エカテリーナ二世の時代になると(1762―1796)、数名の建築家により大宮殿と庭園のアンサンブルに更に手が加えられました。
大宮殿およびその周辺は、第二次世界大戦の際に大きな損害を被りましたが、現在では一部を除き復旧されています。
日本からの漂流民である大黒室光太夫が、はるばる極東からぺテルブルグへとやって来て、エカテリーナ二世に拝謁したのがこの大宮殿のなかの玉座の間です。
■ パヴロフスク
この町は、パーヴェル一世 (1796ー1801)の夏の邸宅として便用された宮殿で有名で、上記のプーシキンと隣接しています。この宮殿も戦禍に遣いましたが、現在はその大部分が修復済みです。
サンクト・ペテルブルグから約27キロの地点にあります。
|